「電通PRには、どんな人がいるのか?」。就活生のみなさんにとっては、会社選びで気になるポイントですね。今回は、当社の社員の中でも数々の実績を積んだ33年目の大ベテラン・花上憲司社員に憧れる、入社2・3年目のスズキ・サトウの2人がインタビュー!電通PRに入社した理由、忘れられないプロジェクトから、休日の過ごし方まで…。「すぐれたPRパーソンってどんな人?」「PRの仕事ってどんなものかわからない」という方、必読です!
プロフィール
花上 憲司
株式会社電通パブリックリレーションズ コミュニケーションデザイン局コーポレートコミュニケーション戦略室
調査会社を経て、1985年、電通PRセンター(現在の電通パブリックリレーションズ)に入社。広報戦略の策定からアクションプランの提案・実施、CI・VIプロジェクト、イベント、制作物、広告などのプロデュースを多数手掛ける。
営業部長、調査部長、コミュニケーションデザイン局長を経て現職。 日本PR協会「PRアワードグランプリ」最高賞、国際PR協会「ゴールデン・ワールド・アワーズ」全体最高賞など受賞歴多数。
<受賞歴>
日本赤十字社「もっとクロス!計画」
2012年 日本PR協会「PRアワードグランプリ」 グランプリ
2013年 IPRA「ゴールデン・ワールド・アワード」 インターナルコミュニケーションズ部門 最優秀賞
さいたま市 議会広報誌『ロクマル』
2011年 日本PR協会「PRアワードグランプリ」グランプリ
エーザイ株式会社/ファイザー株式会社 認知症啓発のための調査研究プロジェクト
2004年 日本PR協会「PRアワードグランプリ」ルーティン部門賞
2005年 IPRA「ゴールデン・ワールド・アワード」 ヘルス・オーガニゼーション部門 最優秀賞
千葉県浦安市 ごみ減量・リサイクル啓発プロジェクト「ビーナス計画」
2002年 日本PR協会「PRアワードグランプリ」 グランプリ
2003年 IPRA「ゴールデン・ワールド・アワード」 コミュニティリレーションズ部門 最優秀賞
独立行政法人 国際協力機構(JICA)「JICA有名化計画」
2003年 日本PR協会「PRアワードグランプリ」 準グランプリ
2004年 IPRA「ゴールデン・ワールド・アワード」部門最優秀賞(オーバーオール・インスティテューショナル)
ノバルティスファーマ「すこやか5世代キャンペーン」
2001年日本PR協会「PRアワードグランプリ」 企業広報部門優秀賞
佐藤文子(サトウ)
株式会社電通パブリックリレーションズ プランニング&コンサルティング局 ヘルスケアコミュニケーションチーム
2015年入社。製薬企業、医療機器メーカー、業界団体などのクライアントを中心に、企業広報や製品広報に従事。
鈴木沙絢(スズキ)
電通パブリックリレーションズ 情報流通デザイン局 ソーシャルメディアコミュニケーション部
2016年入社。旅メディア「Smartrip」の企画・運営などコンテンツ開発に従事。オウンドメディアを活用したコンテンツアド事業に携わる。
現在は、デジタルを核としたコンテンツ開発、およびその情報流通設計を行う部署に所属。インフルエンサーを活用した施策などを担当している。初級ウェブ解析士。
私たちが働いている電通PRには、「PRパーソンなら一度はこんな仕事をやってみたい!」と思えるような、PRの道を究めた大先輩がいる。今年で入社33年となる花上憲司社員(以下、「花上さん」)だ。見た目はとてもやわらかい印象で、若手の私たちにも気さくに話をしてくれる。…が、実は花上さん、調査から広報戦略の策定、CI・VI※、CM制作のプロデュースまで、「PRってこんなことまでできるんだ!」と、固定概念を覆すように何でもやってしまう。これまでも日本PR協会「PRアワードグランプリ」をはじめ、国内外問わず多数の賞を獲得しており、実績もケタ違いといえる。まさに目指すべき「ザ・PRパーソン」それが花上さんなのである。今回は、スズキ・サトウのコンビが、花上さんに根掘り葉掘りインタビュー!
※ CI・VI…コーポレート・アイデンティティ、ビジュアル・アイデンティティの意。企業が自社の特性を社会と共有し、企業内外に統一したイメージをつくることがCI、そのために企業の象徴となるシンボルマークやロゴマークを作るといったビジュアルの統一をしようという計画がVI。
電通PRでは、やろうと思えば何でもできる―調査、デザイン、CMの仕事まで—
元々、調査会社で働いていたという花上さん。なぜ電通PRに入社したのだろうか?「電通PRであれば、何でもできると思ったんです」。調査会社では、分析結果を出し、課題を見つけることはできるが、そこから解決するための施策に携わることができない。調査した結果を世の中に伝えたり、デザインなどの表現の工夫をして分かりやすくしたりしていくことをやってみたかったという。「電通PRでは、制作物をやりたいと思えばポスターでもパンフレットでも作れるし、動画を作りたいと思えば作れる。小学生の頃から友人と漫画を作ったこともあり、思えば昔からデザインの世界にも興味があったんです」。そうして花上さんは電通PRに入社2年目で、願っていたデザインの仕事に携わることになる。
当時、日本ではほとんどの人が国産車に乗っていた時代。輸入車を扱うクライアントから「もっと輸入車を広めたい」という相談があった。その実現のために、花上さんは輸入車の利用実態調査を行い、その調査を起点とし、輸入車啓発のためのパンフレットを制作し、シンポジウムを開催した。結果、クライアントからは大変な好評を得て、それ以降、花上さんは他のプロジェクトでもアンケート用紙にその企業ならではのデザインの工夫を凝らしブランディングを図ったり、企業の顔となるロゴから考えなおしたりと、着々と制作物のノウハウを身に付けていった。
ある化成品メーカーのプロジェクトでは、第一歩として新入社員が自主提案によって制作したポスターが各メディアの注目を集め、商品の売れ行きにも繋がった。そこでクライアントからPRの力を感じてもらうことができ、信頼を得たことで、制作物の領域にとどまらず、広告の起用タレント、コピーを自主提案し、商品開発からCMのクリエイティブまで一気通貫で電通PRが請け負うことになったというから驚きだ。(ちなみに、CM撮影はイタリアのフィレンツェで行われたそうだ)。その結果、このCMは当該商品のカテゴリにおける日本で初めてのCM放送となったばかりでなく、当時の日本での社会問題とも重なったことにより、大いに世の中の関心を集めたという。
「情報が命を救う」―緊急時に問われる広報力の真価―
着実にキャリアを重ね、今まで手掛けたプロジェクトの数は50を優に超える花上さんにも、忘れられないプロジェクトがある。日本赤十字社(以下、日赤)のプロジェクト「もっとクロス!計画」だ。
2005年に始まった本プロジェクトは、元々「日赤全体のイメージを上げたい」というクライアントからのオーダーによるものだった。まず初めに行うのは、花上さんの仕事の基礎となる、調査だ。今回も日赤の社会における位置づけ、どんなイメージを持たれているのか、職員はどういう気持ちで働いているのか、など多角的な調査を一般生活者、職員に向けて実施した。その結果、全国に施設が散在する日赤に、一つの団体としてのまとまりがないことが判明。そこで、広報インフラともいわれるロゴの統一に着手する。日赤のロゴは昔からあるが、全国の各施設では、ばらばらのデザインが好きなようにアレンジされ、使われているという実態が判明した。そこで自らが全国へ赴き、直接、現場職員に対して日赤の使命、組織、事業の理解、そして、それをわかりやすく説明する広報の大切さなどのレクチャーを行った。「このプロジェクトだけで、47都道府県全部回りましたよ」と語る花上さん。やがて、ばらばらだった日赤に少しずつまとまりが見え始めてきた。
そんな矢先、2011年3月11日、東日本大震災が発生。緊急時にこそ真価が問われる広報だが、その時石巻赤十字病院では、災害時の対応が突出して優れていた。というのも、2009年ごろから石巻赤十字病院は「病院として広報力をつけたい」と希望し、広報を学んできており、災害時の準備ができていた。地震が発生した直後からビデオカメラを回しはじめ、その後の初動対応について、すべて収録した。騒然とする現場において、広報について理解できていなければこのような撮影は許されなかったであろう。
また、メディアの取材は断らず、被害状況の報告や救援物資の要請などを訴えるなど、どんどんメディアを活用した。まさに“情報で命を救う”ことを職員が理解し、実践したのである。この一連の様子をYouTubeに公開し、全国の医療機関にDVDで配布。今後の災害時の対策として、現在も非常に有効なツールとなっている。
さらに2014年には、各国赤十字社からの支援金1000億円に対しての感謝を示すため、「Thank you, world.」キャンペーンをスタート。航空会社とコラボレーションし、毎年3月だけ、機内で提供される紙コップのイラストが通常時と異なる。国際線では支援してくれた多くの外国人に対して「ありがとう」、国内線では日本人に対して「わすれないで」といったメッセージが書かれたデザインだ。この紙コップは、飛行機に搭乗したお客さんと客室乗務員の間にも感謝のコミュニケーションを生んでいるようで、協力いただいた航空会社からも高い満足を得ている。またキャンペーン期間中の、SNSでの反響も大きく話題になった。
楽しむためのサイコロは、自分の手のひらの中に
過去の数々のプロジェクトのエピソードを生き生きと語る花上さんを見ていると、「うらやましい…!(じゅるり)」と思わずにはいられないが、プロジェクトを成功させるために何かとびきりの秘訣でもあるのだろうか?「よく『花上さんは(いい仕事が巡ってきて)運がいいですね』と言われるけど、全くそんなことはない。ほかの人と同じように、いろんなクライアントを地道にたくさんやってきたんです」。どんなクライアントでも必ず社会における商品の意味、位置づけがあり、それを考えながらコミュニケーションで何ができるか考えるのがPRの醍醐味。「サイコロを持っているのは自分なので、自分でどう料理するかが大切。『こういう仕事をしたい!』と思って入社しても、すぐに叶うわけではないが、1年に1つくらいは自分らしい仕事をできるように、と常に狙うことが大切。そうすれば、2年目に1本、遅くても3年目に1本くらいは来るかもしれない」。まずは自分がやってみたいと思ったことを思いつづけて、しつこく口に出すこと。それを叶えるための、チャンスを与えてくれる環境が電通PRにはある。
Welcome to チャレンジャー&ミーハー学生!
ずばり、花上さんはどんな学生に電通PRに入ってきてほしいのだろうか?「何事もチャレンジしようと思う人には、どんどん電通PRに入ってきてほしい。電通PRでは、やる気さえあればいろいろなことができる。また電通PRでは全く業種の異なるクライアントの仕事ができるため、いい意味でのミーハーな人、何でもやってみたいという人には向いている」と花上さん。確かに、花上さんの手帳をみると、豚肉輸入会社、地方自治体、障害者施設…など、ありとあらゆる業種の案件を同時並行で進めていることがわかる。だからこそ、自分の引き出しは一つでも多く持っておきたい。
いつも多忙を極めているように見える花上さん。休日でさえ一日中家にいることはほぼないという。「まず、家をぱっと出て、『今日は北かな?南かな?』と感覚で行き先を決定する。やっぱり仕事以外の空いた時間は、自分の血となり肉となることをやらないと。何が仕事に繋がってくるかわからないね」。花上さんからは、常にオススメの映画や美術展などの話が飛び出す。「この間は『何者』という映画を見ましたよ。あと『この世界の片隅に』も良かったね」。とても60歳を過ぎているとは思えない好奇心の幅の広さ…見習いたい。
気になったことがあれば自分の目で、自分の耳で、体験しないといられない花上さん。32年のベテランなのに、全く偉ぶることなく楽しそうに自身の経験を話してくれる花上さんは、私たち若手社員に希望を与えてくれる存在だ。いくつになっても子供の頃の好奇心を持っていていいんだ、むしろ忘れてはダメなんだ、そう思わせてくれる。
私たちも電通PRで働いていて感じるのは、「電通PRではやる気があれば、何でもできる」というのは決して嘘ではないということだ。やる気さえあれば、チャンスはごろごろ転がっている。頭の中にやりたいことがいっぱいでうずうずしているあなたに、ぜひ電通PRの扉を叩いてみてほしい。